TRAIN協会 第2回講演会
情報倫理 基調講演


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越知貢(広島大学)

情報倫理教育の陥穽

日本では、「情報倫理元年」とも言うべき1996年を境にしてようやく電子ネットワークに関わる倫理的問題が一般の注目を集めるところとなった。以来、学校教育の領域でも、電子ネットワークの倫理的問題が熱心に議論され始める。とりわけ、96年の中央教育審議会第1答申(「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」)や98年の調査研究協力者会議の最終報告(「情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて」)は「情報モラル」に関する重要な報告となった。これらの蓄積が98年12月の新学習指導要領の骨子となっている。

情報モラルという造語が市民権を得るに至ったのは、この新学習指導要領によってである。この中で、はじめて高校に「情報」という必修の今日かが課せられ、中学校の技術分野には「情報とコンピューター」が登場したが、併せて、それぞれに、子どもたちに教えるべき内容として「情報モラル」も取り上げられた。情報倫理元年からわずか3年後、こうして、情報モラルは日本の全ての子どもたちが学ぶべきモラルとして確立されたことになる。

情報モラルとはどのようなものなのだろうか。

中学校の指導要領には、「情報化が社会や生活に及ぼす影響を知り、情報モラルの必要性について考えること」という指摘があり、情報モラルの内容については「インターネット等の例を通して、個人情報や著作権の保護及び発信した情報に対する責任について扱うこと」と指示されている。「情報」という必修の教科が新設された高等学校の指導要領では、「各科目の指導においては、内容の全体を通して情報モラルの育成を図ること」を配慮するように求まられ、それぞれの科目でやや突っ込んだ説明が施されている。「情報A」では「情報の伝達手段の信頼性、情報の信憑性、情報発信に当たっての個人の責任、プライバシーや著作権への配慮」という説明が、そして「情報C」では、「情報の保護の必要性については、プライバシーや著作権などの観点から扱い、情報の収集・発信に伴って発生する問題については、誤った情報や偏った情報が人間の判断に及ぼす影響、不適切な情報への対処法などの観点から扱うようにする」という説明が付加されている。

学習指導要領の記述はかなり抽象的だが、これらから、情報モラルが、クラッキング、ウィルス配布、プライバシーや人権の侵害、情報の破壊や改ざん、知的所有権侵害、有害情報、コンピューター犯罪などの、いわゆる情報倫理に関わるトラブル事例の回避を目指すのであることは容易に推測できる。その点で、情報モラルは、それまで情報倫理という言葉で語られていたものと本質的に違いはない。

だが、だとすると、少々やっかいな問題が生じてくる。情報モラル教育がどのように行われるのかが、学習指導要領からはほとんど見えてこないからである。「何を」教えるかについては指示されていても、「いかに」教えるかについては指示されていない。いったい中等教育で情報モラルを教えるとは、どのようなことなのだろうか。

大学などの高等教育機関の情報倫理教育では、情報教育のカリキュラムの中で電子ネットワークの利用規則やガイドラインなどを講義するのが普通である。しかも多くの場合、それは、典型的なトラブル事例を紹介し、トラブルに巻き込まれないためには、かくかくしかじかのことをしないよう気を付けよ、というリスク教育ないし安全教育の形態をとる。そうした「教え方」でも効力をもちうるのは、その前提として自己責任の原理が設定され、それに支えられたペナルティ主義が許されているからである。つまり、違反者にアカウント停止や廃止、さらには停学や退学すら課すことが可能だからと言ってよい。だが、そうした「教え方」が中等教育でもそのまま通用するとはあり得まい。


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