TRAIN協会 第4回講演会


講題: マルチメディアの明日

サン・マイクロシステムズ株式会社
マーケティング統括本部
甲斐 英隆

「マルチメディア」と聞くとすぐに思い出すのが、1986年に米国のマサチューセッツ工科大学でその当時としては最先端のマルチメディア・コミュニケーションに関する世界的研究機関として、ニコラス・ネグロポンテ教授の下で設立されたMIT Media Lab.である。今から15年前になるが、研究テーマの数々が非常にFuturisticでコンピュータが将来私達にもたらしてくれるすばらしい世界をVisionaryとしてまた技術開発のリーダーとして示してくれていたと思う。

当時のMIT Media Lab.のゴールを記した書類を見てみると、「本Media Lab.のゴールは多くの利用者のためにマス・メディアを個々人のメディアに移行させることである」と記してある。1986年の段階では、勿論Internetの前身であるARPANETもあったがNetscapeが先駆的役割を果たした現在のようなInternet環境など存在していなかった訳であるから、今では誰でもが当り前のように語る、Internetの本質的価値・インパクトとしての個々の情報によるエンパワーメントが、15年前に明確にゴールとして示されているのは驚きである。

その当時の研究テーマの中では、Animating Virtual Realityは既にコンピュータ・グラフィックスと融合して映画の全く世界を変えてしまう革新的な手法として、既にJurassic Parkを始め多くの映画製作に適用されているし、Personal Newspaperも携帯電話の世界ではe-serviceとして一部実現されているし、Personal TelevisionはNetscapeのブラウザーとNarrowbandでは既に実現され、その先ブロードバンドになればさらに実現に近づくことが容易に想像出来る状況である。World Moneyというコンセプトでは、digitalの世界での情報経済圏では国境が意味をもたなくなる等、まさにECで問題になっている課金・関税の問題が予言されている。3次元ホログラフィーでの実車を試作しないデザイン手法も、既に自動車業界では導入が開始されている。さらにはデータ圧縮を適用したテレビ会議等は今日ではむしろ前世代の技術になって来ている。他にも多くの研究テーマがリストされているが、いずれも当時はコンセプトであったものが、具体的なアプリケーションとして見えるようになって来ていることを改めて再認識させられる。

このように1986年からネグロポンテ教授のグループが予言し研究して来たことが、実装技術が続々と開発され、ネットワークのインフラが整うに従って順次現実世界のアプリケーション及びサービスとして実現されて来ているという理解をするのが順当ではないかと思う。

さて、今回のテーマである「マルチメディアの明日」について、今日既に見えているサービス提供基盤がいつどのように実現されるのかという問題であると言い換えたいと思う。また、一方ではこれらのマルチメディアでのサービス提供基盤である技術やブロードバンド・ネットワークという基盤が出来ることで、より上位のレイヤーに関してはそれこそここで網羅的に述べるために小さな脳みそをフル稼働しても想像仕切れないほど無限のサービスやビジネス・アプリケーションが登場することになると思う。まさにInternetの本質である個々人の情報エンパワーメントのネットワーク化が計り知れない可能性をもたらすと信じている。

皆さんがご存知かは判らないが、サン・マイクロシステムズ社は、このようなマルチメディアでのサービス提供基盤となるコンピュータ・ネットワーク関連のソフトウエア・ハードウエアのプラットフォームを開発している企業である。従って、「マルチメディアの明日」というテーマについては、プラットフォームの視点からどのように将来を見ているかということになる。

サン・マイクロシステムズ社のVisionは「全てのDigital Heartbeatを有する端末機器をネットワーク化して、誰でも(AnyOne)何時でも(Anytime)何処でも(Anywhere)情報を利用出来るようなプラットフォームを提供するNo.1ベンダーを目指すこと」である。このVisionを実現するために、コロラドの研究所でBill JoyやJohn Gage達が最先端の技術を研究し、Engineering部隊がハードウエアやソフトウエアを開発している。

ご存知のように、JavaもVision実現のための必須技術として、このような過程から生まれたものである。今年からいよいよJ2MEの分野で携帯電話の情報サービス提供のプログラミング環境としてJavaが採用されていることはご存知と思う。今後も、続々と世界のMobile CarrierがJavaを採用する計画がある。Javaに関しては他にも、Java Cardが実際に複数の日本企業で利用され始め、企業ネットワークで使用されるJ2EEに関しても続々実装のためのアプリケーションやツールが世界中のデベロッパーにより開発されているのはご存知の通りである。ようやくJavaが目指した世界がまずはNarrowbandのベースで実装され現実のものとなって来ている。

このようにJavaが様々な機器をネットワークに接続し可搬性の高いアプリケーションを実現する一方で、高速・高性能・高信頼性を実現するNetwork Serverがネットワーク上の大量の情報をマネジメントし、溢れる大量のマルチメディア情報をJiroによってマネジメントされたストーレッジに安全・ハイスピードで格納・展開するという構図が今日実現しているサンの目指すネットワークの姿である。これで、さらにネットワークが企業間そして家庭へ、無線を通じて個人へとブロードバンド化するに従って、現在よりも付加価値提供の自由度があがるため、益々情報及びサービスの質が高度化する共に、さらに多くの一般ユーザーが広範囲にネットワークを利用するようになり、これこそまさにサンが創業当初から目指していた「The Network Is The Computer」のゴールである。

しかし、マルチメディアが本格的に実装されサービスが広範囲のユーザーに利用されるようになると、通信網のブロードバンド化の問題だけでなく、他にも様々な障害が発生してくることが予想される。アクセスが集中したときのシステム・スローダウン、スタックの問題、コスト負担の問題、様々なEnd機器へのアプリケーション・フォーマットの整合、セキュリティーの問題等様々な問題が発生する。冒頭にも紹介したMedia Lab.のゴールに述べられているような、個々人のためのマルチメディアにするためには、このような問題を個々人で解決するように求める必要がある状況では、決して本来のマルチメディア・サービスの利用効果は期待出来ない。

そこでこの問題を解決するサービス提供の枠組みとしてサンが提唱して来たのが、インターネット・データ・センターである。現在では、すでに国家プロジェクトiDC Initiativesとしてソニーの出井会長が最高顧問をされて活発に活動されているので、いまさらご紹介するまでもないが、このインターネット・データ・センター(iDC)が一つの回答である。即ち、データセンターに引かれた光ファイバーによるブロードバンド・バックボーンと、データセンターでこれらの問題を解決するための各種機能サービスをASPとして一箇所に集中提供することで、IT最先端技術に詳しくない一般エンド・ユーザー企業や個人でサービスを始めるベンチャー企業等や個人が、あまりややこしい問題を気にすることなくマルチメディア情報を利用したサービス提供や情報利用を実現出来るようになる。

先日、ある講演会で一橋大学の米倉誠一郎教授がInternetがもたらす効用の一つとして地域間情報格差の均衡化を挙げられていたが、全く同感である。ネットワークの普及とブロードバンド化によって、今までなら東京に物理的にいて活動する必要があった、多くの業務や情報収集が、ネットワーク経由で益々拡大する。その結果、別に東京で活動することが重要でなく、提供する付加価値の中味の勝負になると思う。このような時代を見据えて、サンでは、沖縄の那覇市と提携してネットワーク・サービス拠点の振興をお手伝いしたり、札幌市と連携してJava技術研修所を開設したり、積極的に知の分散化をお手伝いしている。札幌市のコメントで「Java技術者と言えば札幌というイメージを確立し、企業誘致や地場企業の成長に結びつける方針」(2001年3月31日付け日経夕刊)という言葉が象徴的である。これもマルチメディアがもたらす将来の方向と言える。政府のeGovernment構想の中でも、地方自治体毎の地域振興政策が今後地域格差の鍵となるかもしれない。また、米倉教授の言われるように、地方の大学がそれぞれの知的特長を強調した発展と再構築が起こるということも現実味を帯びてくる。

さらにその先をサンがどのように考えているのかと聞かれた場合、最近Bill Joy達が発表した、次世代のネットワーク技術「Jaxtapose」に触れない訳にはゆかない。「Jaxtapose」はpeer-to-peerをサポートする技術である。Napstarに代表されるように、end nodeでネットワークに繋がっている個々のユーザー間で直接情報資源をやりとりする分散ネットワーク技術である。よくどのようなビジネスモデルを想定しているのか尋ねられるが、人間社会での情報の流れも、金融のように中央でコンシステンシーが厳密に管理されていなければならない情報と、個人がそれぞれ約束をする非常にローカルな情報や口コミなどの情報が両極端にある。個人間でマネジメントしておけば良い情報を、逆に全て中央で管理しようとすると社会コストがかかり過ぎ情報社会の発展を妨げてしまう。ブロードバンド化した場合にも、大容量の情報が個人から発して必ずどこかの集中処理サーバーに集まってからまた特定の個人に分散するモデルは利用者と情報の大容量化が進めばボトルネックが発生することは判ると思う。この双方が上手く強調しながら存在する情報社会が、最も経済効率が良い社会に違いない。結果、サンが時々受ける「peer-to-peerが主流になったらサンのサーバービジネスは衰退するのではないか」という質問について、サンの答えは「より情報化社会が発展するので、さらにサーバーやストーレッジのビジネスが拡大する」である。

いずれにせよ、鍵を握るのはリッチな創造力とコンテンツを持っている個々人や企業、そしてTRAIN協会の皆さんが本当の意味での「マルチメディアの明日」をドライブするのである。インフラの構築は他のベンダーと共にサン・マイクロシステムズ社にお任せ頂きたい。

以上